研究活動

分子系統解析と分類学の統合

生物多様性の実体を明らかにすることは、生物進化を解明するだけでなく、人類の生存に不可欠な生物資源や生物環境を知るためにも重要です。生物は個体によって異なり、個体が集まって集団・種をつくります。種はまとめられて属、科などに分類されます。

分類は類縁関係・系統関係に基づいて行われます。DNAなど分子を用いて解析する分類群間の系統関係と、分類群の基本であって分類学の対象である種の姿は互いに密接に関連しています。ですから、系統関係と種の特性を統合的に理解することで、生物多様性の実体を明らかにできると考えています。

そのような観点から、系統関係と種の特性の両者を常に念頭において、そしてゆくゆくは両者の統合を視野に入れて、生物多様性について研究しています。以下はそのような研究の途中経過の一例です。なお、これは国立科学博物館総合研究「全生物の分子系統と分類の統合研究」の成果の一部です。

研究例:ゼンマイの進化

ゼンマイ亜属には3種が含まれます。東アジアの山野に生えるゼンマイの他、川岸など渓流沿いの岩上に生える日本の固有種であるヤシャゼンマイ、世界中に分布するレガリスゼンマイです。ゼンマイとヤシャゼンマイはどのように進化したのでしょうか。

母性遺伝する葉緑体DNAの解析からは、ゼンマイはヤシャゼンマイときわめて近縁である一方で、アメリカ産のレガリスゼンマイとも近縁であることが明らかになりました。さらに、アメリカ産のレガリスゼンマイはヨーロッパ、アフリカ、アジアにまたがる旧世界の同種レガリスゼンマイとよりも、別種であるゼンマイに近いという結果が得られました。一方、核DNAの解析からは、世界各地のレガリスゼンマイは系統的にまとまりがあり、種全体としてゼンマイとは違っていることが示されました。その結果、レガリスゼンマイとゼンマイが分化した後、アメリカのレガリスゼンマイ由来の葉緑体DNAが何らかの経過でゼンマイに浸透した可能性、などが考えられました。このように、両方のデータには食い違いが見られ、その背景を探ることが重要です。

ヤシャゼンマイは上記のように、特異な環境に適応した渓流沿い植物です。サツキもそんな植物です。世界に1000種ほど知られている渓流沿い植物はすべて、葉あるいは葉の裂片が流線型になっており、降雨後に川が増水して、植物が急流中に水没した時に受ける流水の圧力を下げるのに適しています。ヤシャゼンマイはゼンマイから進化したと考えられますが、どこで、いつ、何回、どんな集団から派生したのか、そして、その間にどのように流線型の葉(裂片)のような適応形態が進化したのか、わからないことが多いのです。これらは、他の渓流沿い植物、さらには生物の他の適応進化に通じる重要な問題と言えます。

ゼンマイ イメージ
ゼンマイ

ヤシャゼンマイ イメージ
ヤシャゼンマイ

レガリスゼンマイ イメージ
レガリスゼンマイ

研究例:クモキリソウ属の分類

ラン科植物の中でも、野外でよく見られるものの一つがクモキリソウです。クモキリソウ属は、花の形が独特で、クモキリソウの他、スズムシソウ、ジガバチソウといった虫の名前を含む種類が多くあります。日本には10数種が知られていますが、ちょっと変わったクモキリソウ、ちょっと変わったスズムシソウといった株が愛好家の間で話題とされ、分類があいまいなグループでもありました。

クモキリソウ属の複数種を用いてDNA解析と形態比較を行ったところ、これまでに2つの新種が明らかになりました。1つはシテンクモキリで、クモキリソウとよく似ていますが、花の付き方はまばらで、唇弁の中央基部に紫の点(シテン)があり、また唇弁以外の花被片は紫色を帯びる点でクモキリソウと区別できます。アズミクモキリ、フガククモキリ、そしておそらくナンブクモキリとよばれていたものが本種に該当します。シテンクモキリは、遺伝的にもクモキリソウと異なります。もう1つはオオフガクスズムシ。フガクスズムシによく似ていますが、より大きく、花の付き方はまばらです。遺伝的にもフガクスズムシと近縁ですが、解析した葉緑体DNA領域は異なります。韓国にも同種が分布し、韓国ではより形は多様です。

クモキリソウ属複数種の複数遺伝子を用いた系統解析結果から、クモキリソウ、シテンクモキリ、フガクスズムシ、オオフガクスズムシは近縁であり、スズムシソウやそれと近縁なセイタカスズムシとは異なることが明らかになりました。両者の大きな違いは葯帽の形態で、前者は先端が伸びずにクリのような形をしていますが、後者は先端が長く突出しています。研究結果から、クモキリソウ属の真の自然分類体系が明らかになりつつあり、分類に重要と考えられる形質も見つかりつつあります。

シテンクモキリ イメージ
シテンクモキリ

オオフガクスズムシ イメージ
オオフガクスズムシ

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生物多様報の構性情築

分類学では、生物多様性を分類体系としてまとめています。多様性情報がますます増大する将来は、系統関係を樹形に表す系統樹、種属など分類群を体系化する分類表、検索表、種の特徴(利用も含む)、とりわけ種分化に関わった特徴の記載と写真・図、進化に関する知見、情報源などを一つにまとめることが、効率的で汎用性の高い活用のためにも重要です。このような一本化は、電子データを駆使した生物多様性情報バイオインフォマティクスのような形で、博物館が担うべきでしょう。

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